REPORT 2018.06.13 #culturestyle

踊り子りおんのレポート(6)トリノ・モジュラルテ四重奏団「5月のトリノ」

ホールに収まり切れない響きと広がり。これが本当にたった4人での演奏なのか。

こんにちは、りおんです。

 

久々のレポートとなる今回は、トリノ・モジュラルテ四重奏団による室内楽コンサートです。

 

室内楽を聴きに行くのは初めて!楽器の中でも特にピアノと弦楽器が好みの私にとっては、ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ、そしてピアノで構成される今回の四重奏は、とても魅力的でした。

 

室内楽自体初めての私が、残念ながらトリノ・モジュラルテ四重奏のことを知るはずもなく…。紹介文から拝借しますと、ヨーロッパ各地の音楽祭に多数参加している楽団だそうです。

 

4人の演奏者の経歴を読むと、例えば国立劇場の音楽監督を務めていたり、交響楽団のソロ首席奏者であったり、主要レーベルによるレコーディングに参加していたり。イタリア国内外を問わず色んな楽団との共演・客演を行うなど、個々がそれぞれに素晴らしい活躍をしていることがうかがえます。

 

室内楽を聴くなんて、なんだか上流階級のたしなみを連想させるわ!みたいな、ちょっとしたリッチな雰囲気を味わいつつ、開演を楽しみに待ちました。

 

まぁ、そんなファッショナブルな気分なんて、このあと吹っ飛ばされちゃうんですけどね…。

 

今回は2部構成で、1部はモーツァルトの楽曲のみの演奏でした。

 

私の中でモーツァルトといえば、「ザ・パーフェクトな宮廷音楽」。

 

この言葉のチョイスには大いに私の主観が入っていますことをお許し願いたいところですが、モーツァルトの曲が宮廷的なものを連想させることにはあまり異論は出ないのではないかと思っています。

 

そのイメージ通り、やはり王道、といった感じ。

聴きながら、白亜の建物に貴族たちが集っているのが目に浮かぶようだ、やはりモーツァルトだと勝手に合点していました。

 

もっと簡単に表現すれば、美しい。あぁきれいだな~と素直に思える調べ。室内楽って、宮廷のサロンにいるみたいな気分になるなぁと思いました。

 

とまあ、優雅な気分を残しつつ1部を終えたのですが、休憩明けの2部で、のっけからやられました。

 

音の響きが、広がりが、格段に違う…!!!

 

1部の演奏で完全に「乗った」のでしょうか。その小さな楽器から、そんなに大きな音が出せるの!?と思うほどの響き。たった4つの楽器でしか演奏されていないとは思えてないほどの広がり。

 

そして、厚みのある音が重なり合うことで生み出されるスケールの大きさ!目を閉じて聴けば、「これはオーケストラではないか!?」と思ってしまうくらいでした。

 

宮廷のサロンみたいだな~なんて思っていたけれど、そんなの小さい小さい。

ホールという空間になんて到底収まり切れず、世界はもっとずっと広がっていく…。

 

驚愕。うん。この言葉が、その時の私の心情にはぴったりでした。この変化は、生演奏だからこそでしょう。

 

1部とは異なり、2部は色んな作曲家たちの楽曲が演奏されました。

 

どれがどうだった、というような論評は私にはできませんが、楽曲によって表情も背景も変わる演奏のどれもが、ただただ気持ちいい。

 

リズムを刻んでいるというより、その上に乗って踊っているような自由さの中で、ともすれば耳障りに聴こえてしまうこともある弦の響きは、高音であろうとどれも丸く、それでいてストレート。どこまでも伸びやかで、まるで私の代わりに歌っているみたい。

 

そう、なんだか自分が歌っているような感覚があったんですよね。不思議です。ちなみに私は踊り子なので歌は下手ですが、実際そう感じたんだから仕方がない。

 

2部の彼らの演奏でモーツァルトを聴いてみたかったなぁ…。もしかすると、私がモーツァルトに対して長らく持っている「ザ・パーフェクトな宮廷音楽」という概念をも、崩したかもしれない。もしそうなったら、私は何を感じたんだろう?

 

とまあ、これはただの個人的な欲望ですが。だって、1部の演奏だってとても良かったんですから。

 

熱っぽい拍手に包まれてコンサートは終演。つらつらと振り返りながら歩いていた帰り道に、なんだか身体も心もとてもスッキリしている自分に気付きまして。はて、これって何かの感覚に似てるな、なんだっけ?と考えていましたら、ああそうだ、と思い当たりました。

 

これは、思い切り泣いたあとの感覚に似ているんだと。

 

悲しみや怒りが後を引くような泣き方ではなくて、泣くだけ泣いたらスッキリした!みたいな感じ。これって、女性特有のものなのかもしれないけど。

 

素晴らしい音楽というのは、こんなふうにも作用してくるんだと実感しました。

 

ところで、今回一緒に連れ立って行った母が、「2部は人生だったね。イタリアのおばちゃん達が空の下で、『乾杯~!』と言って杯を掲げているのが見えるようだった。」と言っていたのですが、帰ってから調べてみて、なるほどなと妙に納得。

 

2部で演奏されたのは、マスカーニ、モリコーネ、ロータ、ピオヴァーニ、そしてロッシーニ。ブラームスやシューマンの楽曲もありましたが、半分以上がイタリア人作曲家によるものでした。

そういう「イタリア人の血」みたいなものって、やはり知らず知らずのうちに音楽に内包されるものなのかもしれません。

 

そんなことも感じさせつつ、私が抱いていた「室内楽」の単純なイメージをきれいさっぱり覆してくれた、とても素晴らしいコンサートでした。

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