COLUMN 2018.08.03 #culturestyle

【コラム】日本ヘラルド映画の仕事

映画史を横断するフリペ【博多発】BIG RED ONE 発行・編集者、明石アキラさんのコラムをネットで公開

 ボクが映画少年だったころ、将来の就職先は「日本ヘラルド」だと勝手に決めていた。

 

 ボクにとってヘラルドとは、大好きな『ゾンビ』や『地獄の黙示録』や『殺しのドレス』や『ニューヨーク 1997』の配給元であり、そのラインナップは常に映画少年マインドをくすぐるものだった。

 

 『悪魔のはらわた』だの『悪魔のいけにえ』だの『悪魔の墓場』だの、やたら悪魔映画を連発していたのもヘラルドだと後々知ったときは、ますますこの会社が好きになったものだ。

 

 そのころのヘラルドは、戦前からの老舗ブランド「東宝東和」や、後発ながら話題作を揃えた「松竹富士」と、独立系洋画配給三大会社のひとつとして互いにシノギを削っていた(この辺りの事情は『映画宣伝ミラクルワールド』に詳しい)。

 

 三社三つ巴の宣伝合戦は映画少年にもビシバシ伝わってきたし、それをリアルタイムで接しえたことが何と僥倖だったことか。

 

 ヘラルドに入れなきゃ、スベりどめは「ジョイパック・フィルム」でいいや!

 

 ジョイパック・フィルムはのちにヒューマックスとなり、洗練された配給元へと生まれ変わったが、ボクが映画少年だったころのジョイパックは、後発弱小の悲しさでB級C級(とにきはZ級も)専門だった。

 

 (ジョイパックとも似たBテイストで出発したギャガは、一時期ヒューマックスと提携したのち、今じゃ押しも押されぬ一大メジャーに)。

 

 『ドラキュラ・ゾルタン』『バン・バニング・バン』など、今では考えられないような超クッダラない映画を平気の平左で公開していた。

 

 だが一方、J・カーペンターやクローネンバーグを初めて日本へ紹介したのもジョイパックだ。

 

 そして、その存在を忘れたころに傑作を世に放っては映画ファンを驚かす、ジョン・メダック(『蜘蛛女』等々)の知られざるモダンホラーの傑作『チェンジリング』もジョイパックだ。

 

(スラッシャー&スプラッタの洗礼をあびた映画少年はホラー好きだった)。

 

 ボクのB級指向はジョイパック(とヘラルド)によって培われたと思えるくらい、健全な映画少年を詐取し続けてた配給元への偏愛は強かった。

 

 ちなみにジョイパックの創始者は林以文という”歌舞伎町の華僑御三家”と呼ばれたひとりである(『台湾人の歌舞伎町』より)。

 

 台湾と縁深い明石家の長男としては(本紙10号参照)、ここでも勝手に奇縁を感じてしまうのだ。

(明石アキラ)

 

 

 

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【BIG RED ONE Vol.12】
巻頭特集「日本海映画があった頃」(文:明石アキラ)
PEOPLE ARE STRANGE 藤田容介の奇妙な世界(文:明石アキラ)
POLISH FILM POSTER SELLECTION
「サーカス学」誕生!(Text by 大島幹雄)
日本ヘラルド映画の仕事(文:明石アキラ)

 

【BIG RED ONE Vol.12 頒布先】
福岡:KBCシネマ映像ホール・シネラ
佐賀:シアターシエマ
熊本:Denkikan
山口:山口情報芸術センター
大阪:シネ・ヌーヴォ
名古屋:名古屋シネマテーク

 

【BIG RED ONE についてのお問い合わせ】
akashi.aquirax@jcom.zaq.ne.jp(明石アキラ)

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